今年のメジャーリーグは”飛ぶボール”、”滑るボール”というボールに関する問題が大きく取りざたされた年でした。

ワールドシリーズで問題になったのが”滑るボール”。ダルビッシュの2戦続けてのノックアウトには”滑るボール”が大きく影響していました。

ダルビッシュだけでなく、バーランダーもボールが滑ると発言。両チームの投手コーチも”滑るボール”に言及しました。その他にも、”滑るボール”の影響を最も受けやすいスライダーを有効に使えず、投げる割合が減った投手が何人もいました。

ワールドシリーズという最高峰の舞台で普段と違う野球をすることを強いられた投手たちは非常に気の毒でしたし、それはファンが望むものでもないはずです。

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そして、レギュラーシーズンからずっと問題となってきたのが”飛ぶボール”。今年はレギュラーシーズン、ポストシーズン、ワールドシリーズすべてで、本塁打数が史上最多を記録しました。レギュラーシーズンの本塁打数6105本は、これまでの最多だった2000年の5693本を大幅に上回る数字です。

次の図は、全ての打球のうちホームランになった割合を示すものです。

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引用元:The Ringer

ここ数年で大きく上昇しているのが分かります。データ上、2015年のオールスター明けからホームランの割合が大きく増加したことが明らかになっています。

この急激なホームランの増加は”飛ぶボール”に変わったことが原因ではないかということで、守備指標UZRの考案者で、MLBのチームでコンサルタントも務めたミッチェル・リットマン氏が昨年、実験を依頼しました。その結果が今年6月にThe Ringerというサイトの「The Juiced Ball Is Back」の記事で公開されています。

まず、インターネットのオークションサイトで、実際にMLBの試合で使われたことの証明となるホログラムがついたボールを36個入手。2015年のオールスター以前のものが17個、それ以降のものが19個です。これをワシントン州立大学の施設に送り、実験・測定を依頼しました。

その結果、2015年のオールスター以降のボールは、反発係数がより高く、縫い目がより低く、外周がより小さくなっているという結果が出ました。いずれも飛距離や打球速度の増加につながる変化です。

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引用元:The Ringer

昨年、物理学が専門で野球に関する研究で有名なイリノイ大学のアラン・ネイサン名誉教授が、1.5マイルの打球速度の上昇があればその時点でのホームランの急激な増加を説明できるという計算を発表しました。リットマン氏が依頼した実験では、ボールの変化により打球の初速が1.43マイル上昇するという結果になっており、ネイサン氏の計算とほぼ一致します。

また、FiveThirtyEightというサイトの「In MLB’s New Home Run Era, It’s The Baseballs That Are Juicing」の記事では、投手がボールをリリースした直後の球速とホームプレートを通過するときの球速の差をもとに、2013年以降のボールの抵抗係数の変化を調べています。この調査では、2017年が最も抵抗係数が低く、ボールが飛びやすくなっているという結果が出ました。

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引用元:FiveThirtyEight

さらに、昨年から指のマメに悩まされる投手が増えています。リッチ・ヒルは昨年から何度もマメでDL入りしていますし、ブルージェイズのアーロン・サンチェスは今年1年通してマメに苦しめられ、わずか8試合しか投げることができませんでした。ジョニー・クエトもキャリア通して初めてマメができてDL入りしています。マーカス・ストローマン、デビッド・プライス、ノア・シンダーガードなども、今年マメを経験しています。

次のグラフは、マメができたことが確認されている投手の数の推移です。2017年は7月までのデータです。2016年以降に大幅に増加しています。マメができる投手が増えていることも、ボールの質が変化していることの1つの状況証拠と言えるでしょう。

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引用元:The Ringer

一方、MLBのロブ・マンフレッド・コミッショナーは一貫して”飛ぶボール”を否定しています。「ボールに関する広範な試験を行っており、使用されているボールは定められた基準値の範囲内に収まっている」というものです。

しかし、その試験の結果は公開されていません。つまり、根拠は示さないけどボールが原因ではないと信じてくれ、ということです。MLBは2000年にボールの試験のレポートを公開したことがありますが、それ以降の試験の結果に関しては公開されていません。

さらに、その2000年のレポートの中で、定められた基準値の範囲内のボールでも最大で49.1フィート(約15m)飛距離が変わることが明らかにされています。それだけ基準値の幅が広く取られているということです。つまりマンフレッド・コミッショナーが、いくらボールは基準値の範囲内に収まっていると主張しても、ボールが原因で打球の飛距離が変化していることの否定にはならないわけです。

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我々日本人の野球ファンはこれによく似た騒動を知っています。2011年から導入された統一球の問題です。統一球の導入によって極端な投高打低になってしまったため、2013年から反発係数の大きいボールに変更しましたが、それを隠ぺいしていたことで大きな問題となりました。その結果、当時の加藤良三コミッショナーが辞任に追い込まれる事態に至りました。

統一球に関する騒動で何が一番大きな問題だったのかといえば、それは隠ぺいしたこと、嘘をついていたことでしょう。マンフレッド・コミッショナーもホームランを増やすために意図的に”飛ぶボール”に変更し、それを隠ぺいしているとしたら深刻な問題です。

ただし、材料や製造工程における何らかの変化で、ボールが意図せず変質してしまっている可能性もあります。レギュラーシーズンから”飛ぶボール”についてますます注目が集まる中、今度はワールドシリーズで革の質感が違う”滑るボール”を導入すれば火に油を注ぐようなものです。そう考えると、ボールの変化は意図的なものではないかもしれません。しかしその場合でも、ボールの質という最も大事な部分を管理できなくなっているという別の問題が生じてきます。

いずれにしろ、マンフレッド・コミッショナーが重大な問題を抱えていることには変わりありません。多くのファン、選手、記者がコミッショナーの言うことを信じていない状況を放置してはいけません。

出来上がったボールの試験だけでなく材料・製造工程まで調査し、その結果を公表すること。これ以外に信頼を取り戻す方法はないのではないでしょうか。NPBよりもはるかに迅速に適切な対応ができるはずのMLBならできるはずです。

このまま同じ対応を続けていれば、マンフレッド・コミッショナーは”第2の加藤良三”になってしまうかもしれません。